ハワイ島2005

Click for Kailua Kona, Hawaii Forecast

12/23(Fri.)〜12/30(Fri.)/2005

 
  はじめに

 He built the bridge over the Pacific Ocean. 


 ハワイ島… この島はいつの間にか,わたしたち夫婦やファミリー(広い意味での)にとっては,「楽園」と呼ばれる単なるリゾートや癒しの場ではなくなりました。そこには,わたしたちを歓迎してくれる親戚の人たちがいて,旅行中の便宜までいろいろと図ってもくれる… 2003年8月,わたしたち夫婦と息子たちは,初めて彼らに現地で会ったのですが,今回の旅行は,その人たちに女房の両親を会わせることが第一目的でした。

 そもそも数年前までは,わたしたちは,このハワイ島の親戚たちの消息を知らなかったのです。2002年の月だったかな?女房の実家に広島県庁からある書類が届きました。それは,ホームステイを依頼する一人の高校生の紹介書のようなものでした。「さてさて,これはいったい誰なん?住所はハワイか… コナワエナ高校てことは,ハワイ島じゃないの?」
 女房の実家の祖先の中に,かつてハワイへ移民として旅立っていった人たちがいたことは分かっていましたから,おそらくそのことと関係があるのだろうということしか,その時点では分からなかったのです。

 ここで重要なのは,かつて移民を送り出したハワイや南米の国々には,今も「広島県人会」があって,広島県は毎年夏にその国々の県人会から高校生を数名ずつ招き,地元広島の高校生との交流行事,観光や企業訪問,さらに3日間のホームステイなどを継続実施しているということなのです。

 彼は,この交流プログラムに応募していたのでした。His name is Jacob. (彼のホームステイの様子は,すでにホームページで紹介しています。)
 彼が持参してきた詳細なFamily Tree(家系図)により,やはり彼は,かつてハワイへ移民した数名の祖先の中の子孫であることが分かりました。このホームステイがきっかけになり,何十年も音信不通となっていた広島とハワイ島の家族間にConnection(コネクション=つながり)が復活したのです。

 もしも,広島県がこの「青少年文化交流プログラム」を実施していなかったら… 実施していても,もし彼がそれに応募していなかったら… わたしたちは,お互いを知らないまま自分たちの暮らしを続けていたでしょう。

 わたしは,この出来事は,「奇跡に近い」とさえ思っています。

 彼が太平洋上に架けた橋のおかげで,今,お互いのファミリーの交流が続いています。彼のホームステイ中に,たまたま岩国の錦帯橋へ連れて行ったのですが,わたしたちは,よくその錦帯橋を架け橋のシンボルとして思い浮かべます。今回の旅行では,わたしの義父母たちも,初めてこの架け橋を渡ることができたということなのです。

 前置きが長くなりましたが,このことは,一度どうしても旅行記の中に書きとめておきたかったのです。1/21/2006

 「やっと着いたね〜。やっぱりハワイはあったかいね〜。」(12/23/2005)